MENU
  • PROFILE
  • WORKS
    • Creative Writing
    • Ethnographic Film
    • Installation
  • PROJECTS
    • Joint Research Project
    • Places Where Power Dwells
LANGUAGE
  • EN
  • JP
MURATSU RAN
CULTURAL ANTHROPOLOGY, VISUAL / MULTIMODAL ANTHROPOLOGY
  • PROFILE
  • WORKS
    • Creative Writing
    • Ethnographic Film
    • Installation
  • PROJECTS
    • Joint Research Project
    • Places Where Power Dwells
言語切り替え
  • EN
  • JP
MURATSU RAN
  • PROFILE
  • WORKS
    • Creative Writing
    • Ethnographic Film
    • Installation
  • PROJECTS
    • Joint Research Project
    • Places Where Power Dwells
  1. ホーム
  2. Places Where Power Dwells

Places Where Power Dwells

「力の宿るところたち」

2024.11~12. ワークショップ『日常をフィールドワークする』参加者写真

芸術・宗教的なものの作用について論じたGell[1998]は、人やモノを因果的な連鎖を開始させる指向(intention)を宿らせるものとし、芸術的なものは、時間的・空間的に複雑に絡まり合った志向の集合が具現化するものだと扱った。そこで重要視されるのがそのモノの形象自体である。たとえば、南インドの玄関前の地面に描かれる「コーラム」は、魔が家に入ることを阻止するが、それは誘い捕らえようとする複雑な迷路のような紋様が見るものに作用するからである。

 そこには、見る者のパターンをそこに引きずり込んで変形する力の原理が存在し、形象と見る者との間には、「巻込」という関係が成立すると平倉[2019]はいう。見るものは自身の動きと知覚に形象を巻き込み、形象は自身の特異な布置の中に見る者を巻き込むという双方の動きの中で、芸術的なものは成立するのだ。

 こうした形象のパターン・思考は日常的に身体化されている。芸術や宗教的なもの、たとえば呪いなどの非日常性を有するものは、特異な形象・パターンでそれをずらすのだと考えられる。ただし、それは必ずしも芸術や宗教的なものとして成立しているわけではない。日常の中にも、何らかの「力」を感じる場所・モノは存在し得る。そしてそれは「形象」だけで構成されるものではなく、環境の中で感じられるものである。「芸術」や「宗教」として成立する未満の段階で、モノ・場所による巻き込み・巻き込まれはどのように発生しているのか。その場所やモノとはなんなのか。どのような特色がある場所・モノなのか。以下に展示するのは、こうした問いを念頭に行ったワークショップ・授業の参加者が提示した写真たちである。

© MURATSU RAN.